あの日妹を殺したのは俺じゃないけど死なせたのは俺だ
ベタ過ぎだろこの手で犯人を挙げるために刑事になるなんてそれも有能な
だからってお前まで刑事にならなくてよかったのにそれも同じ署の同じ課
見てらんなかったんだよ親友としてはハイこれ差し入れ
あんパンとキムチまんとパイナップル。いつから味がしなくなったんだろう
そんなマズそうに食うなよ生きてる証を
死んだって何だ死んでる証って こんなにもまだ記憶に新しい
もう10年近く経ってるよ 犯人の目途はいまだにつかない
家族丸ごと どうして俺だけ残しておいたのか
わからないよ犯罪者の気持ちなんて オレ達は裁くことなく捕まえるだけ
俺は捕まえるよ 捕まえるし裁くよ
人生を楽しめクロエ オレ知ってんだぞ埠頭の倉庫借りてちまちま射撃の練習してんの
この話は終わりにしよう 仕事だ。
どうしてあの日あの時間に家を空けたりなんかしたんだろう
妹の誕生祝いを買い忘れていて 遅くまで迷って
家路についたら何もかもが赤に破裂していた
今でも、まぶたに。
閑静な住宅街の午後3時に娘さんがひとり 花びら散るように抜け落ちた
凶器は刃物 誰もが手にしたことのある包丁 少し錆びた包丁
久々に出かけようとしたその格好のまま 玄関でひと突き
崩れた音を母親はドアの閉まる音だと思ってた
何気ない日常 何気ない日常
花びら散るように。
思い出す?
冷静に、なる。
(それにあのこが倒れていたのは2階の廊下)
(しんこきゅうして かんかくをとぎすませて)
それじゃあ言わせてもらうけれど
クロエ,すげー顔色悪いよ 真っ白
皆川,おれ
課長すみませーん、聞き込み行ってきていっスかー? 学校とかいろいろー
皆川,おれ大丈夫だから
クロエ,おまえは自分で思ってるよりも弱い生き物だよ
自分ではわからなくなっているだけ
ほら、指先がこんなにも冷たい 死者に引きずられている証だ、行くぞ
(かわいそうなものにはやさしい手がやどる。)
ほんとオレらよく組まされるよな 高2から数えて付き合い13年?
腐れ縁だろ それかお前がつきまとってやまないか
何その疫病神あつかいー 昔っから冷たいとこあったよね、クロエ
本当に? 「あの前」から?
そう クロエが努力家のせーとかいちょーで オレが天才肌のふくかいちょーで
ああ
ニ大アイドルのいる執務室は注目の的で 大学のサークルでもそんなんで
その頃からお前は女をとっかえひっかえ
一方クロエは見向きもせずに 二言目にはいもうといもうと
うるせー 前向いて運転してろ
そして昔からオレに対してこんな扱い
その減らず口だけは今でも扱いがわからん
お陰で三十の大台に乗った今も オッサン二人で独り身コンビ
お前となんてうんざりするよ 俺はともかく 皆川の両親は何て言ってるんだ
”ハヤクケリヲツケチマエヨ チクチクヰタムダロ”
ちがうその良心じゃなくて
ああ 親は離婚したよ それから両方に会ってない 兄弟もいないし
本当に?
知らなかったのか 大学3年の秋に
悪いこと聞いたな
もともと崩壊してたんだよ クロエがしばらく寝泊まりしていた
「あの時の直後」くらいさまともなフリできてたのは
俺 全然気付かなくて
クロエの支えになることでオレは自分の心にも灯りをともしていたんだ
皆川,
ん?
ありがとう
ん。
クロエ,この国ではどんどん命が軽くなってゆく気がするよ
俺に向けるなよ そんな言葉
何を散りばめたらひとは幸せの方向に組み上がることができるのだろう
皆川,お前がそんな痛そうな顔をするなよ 柄じゃない
何を取りこぼしたらひとは可能性を失ってしまうのだろう
皆川,お前は明朗な奴だから わからないかもしれないけれど
だってクロエ,おまえあんなにも綺麗なピアノと スマッシュ炸裂の好青年が
皆川,もとから欠けてる人間もいるんだ
だってクロエ,おまえあんまりにも無精髭が似合うくたびれ男に
ただそれが 生きる中でいろいろ剥がれ落ちて顕わになったというだけで。
(かなしいの内訳が世の中の基準を支配している。)
太陽のように笑い 周囲に応じて適切に振る舞い 俺にさえも冗談を飛ばし
その内側は決して誰にも見せない明朗な皆川,
「いつにも増してテンション低いなあ、おまえ。まいっか そこで待っときな」
「こんにちはー警察のものですー。あはいー、もう聞いておられました?」
「そうですそうです、その事件のことで、ちょっとお伺いしたいことがー」
「ご協力ありがとうございましたー。はあーい失礼しまーす」
「ただいま。あーもーオレ電気屋か何かの販売員になればよかったかも」
時が経てば経つほど血の記憶は固まるばかり
その中でたった一条、現実を織り交ぜ清らかに流れ続けるみな川,
あんまり俺に侵入しないでくれ皆川,さもないと
ああ何もかもが面倒くさい 煙草を吸おう
(やめなよー寿命が縮むよ 長生きしてほしいのに)
うす暗闇のなかライターだけが喜び視界を覆う白煙。
(おにいちゃん?)
クロエ,クロエ。
……ん? あ悪ィ、寝てた。
いいよ あらかた聞き込み終わったから
ゆめ、見てた。夢を見るほど深く眠りに落ちたのは久しぶりだ
会社の車の中で? 相当つかれてんだなおまえ どんな夢だよ
言わない
えー言えよー言って減るもんじゃなしにー
お前に言うと減るような気がする
そんな事言ってすげー吐き出したそうなカオしてる じゃ迷惑料ってことで
……笑うなよ
わらわないよ
どっか やたら緑と空気がきれいなとこ 高原か湿原かな
カッコウが遠くの森で鳴いていて
草っ原からやわらかに湖になっているそのほとりに 白いテーブルがあって
そこに妹が 何かとてもシンプルでおいしい料理を運んできてくれる
父と 母と 俺が 笑って彼女の危なっかしい足取りを見守っていて
ああクロエ,それは
そこにお前が来てくれて、妹を支えて座らせてくれるんだ 万事は予定通りに
『いただきます。』
でもテーブルに乗っていたのが何だったのかはわからない
あれを知ることができたら 少しは変われるような気がするけれど
クロエ,それはやっぱり疲れてるんだよ
この事件が終わったら、行こう。少し休暇をもらって 列車を乗り継いで
夢のような高原を探しに行こう
ビールを飲んでしばらく寝っ転がっていれば 自然と答えも出てくるさ
それ名案 だけど一つだけ問題が
何?
またもオッサン二人旅。
クロエ!
冗談だよ
テンションも上がってきたみたいで何より。そこで報告が 少し進展があったぞ
例の事件?
例の事件。
友達が口をそろえて言うんだ ある日を境に急にふさぎ込むようになったって
いじめか?
彼女の母親が打ち明けてくれた
……同じ日 下着に血をつけて遅くに帰ってきたって
ああ あああ
それと、彼女の日記帳が無くなっている
盗まれた?
犯行の時犯人は玄関までしか侵入していない 誰かに託しているのかも
交友関係、クラス名簿で足りるかな
このご時世だからあ難しいかもね
フウ。
とりあえず一旦署に戻ろうよ 今日はもう遅いし、報告しなくちゃ
明日 聞き込みのやり直しだな 俺もちゃんと起きて働くから
無理すんなよ 連絡入れた課長も心配してた
お前に心配されるとはな
どっちが減らず口なんだか。
おはよう
……おはよう
今日もテンション低いなー。よく眠れたか?
いつも通り
全然ダメって事じゃないか そのうち倒れっぞ
ほらこれ飲め オレのコーヒー牛乳分けてやるから
お前のなんて絶対にいらない
えー いちごみるくじゃなきゃ飲めないって?
皆川のそういうトコが嫌いなんだ俺は
はっきり言うねえ クロエに好きなものなんてあるの?
無い
空っぽの俺にこびりついてくれるものなんて、無い
クロエ,それは違うよ
本当に空っぽの人間は空っぽであることに悩んだりしないんだ
空っぽのまま飄々と生きる
そんな表情で自分のこと空っぽって言うクロエはまだ
生きてるんだ。
皆川?
ムダ口叩いちゃったね それはそうとオレら聞き込み班に拳銃所持命令が出たよ
今になってか
昨日、被害者の自宅周辺を散々さらったけど凶器が出なかったんだ
犯人は顔見知りの可能性も高いし尋問中に襲いかかられないとも限らないし
クロエのあざやかな射撃をみんな見たがっているし
最後のは嘘だろ くだらねー
馬鹿みたいに冷静で正確なのは事実だろ 少なくともオレは望むよ
自分が死ぬ時は クロエみたいに上手な人に撃ち殺してほしい 綺麗な穴を
今日のお前はいつもより余計に煙に巻きたがるな 何かあったか?
べっつにー 飼っていたウサギのハムちゃんをうっかりトイレに流しちゃったくらいで
皆川,お前
行こ。
……なんつーか
ああ
30人以上に話を聞いたのに
ああ
出てきそうにないねー日記。
疲れたか?
ま、少し
帰りの運転は俺がやるよ お前そっち乗れ
ありがと 真面目で、交友関係もそんなに派手じゃない子なのにね
通っていた塾でも同様だったらしいしな
むしろ元々心を開かないタイプっていうか
たった一人の幼馴染で親友の子にも口を閉ざしていたようだし
誰も信じられなくなっていたのかな もしも同級生あたりにされたのなら、特に
皆川 皆川ならどうする? ひどく傷ついていて 怖いものをぶちまけたくて
でも同じくらい 誰にも言ってはいけないと自分で封じるとしたら
わかんないなーきっと彼女とはタイプが違うんだ 性別も違うし
俺なら……書いて……燃やすに燃やせなくて……
手元に置くのも辛い もう死んでしまいたいと思い詰める?
誰にも出せない手紙 自分が死んだ/殺された後でそっと見つけて涙してもらいたい
自宅じゃなければ 友達でもなければ……あっ! でも中学生がそんな知識あるかな
俺も今、同じ可能性に行き着いたような気がする
確かめてみよう 行って損は無いから
”局留め”。
その小包は幾重にも封がされていて
彼女の傷の深さをそのまま表しているかのように見えた
赤い、かわいいチェックの日記帳
綴られる何気ない日常 はしゃいで 少し悩んで 突如乱れて殴り書き
きっとえぐられるようにして何度も何度も何度も思い出して
それでも書かずにはいられなかったのだろう 誰でもない誰かのために
涙の跡の合間に 実名で全てのことが
見るな、クロエ。
2万打を迎えたその日から、
「ゼロ線上のアリア」トップページでは1日1行更新の連載をしています。
タイトルは『クロエ,』
主要登場人物は2人
黒江【クロエ】 刑事/俺・お前/押し込めた表情/くたびれ三十路
皆川【みなかわ】同僚/オレ・おまえ/仮面のように笑顔/剣呑三十路
ほぼ彼らの掛け合いだけで進みます。
シーン間の空行も含めて全部で334回更新。
つき合いきれんという方のために、このページではワンシーン分ずつ更新しています。
ほぼ一年掛かりの狂気の沙汰ですが、どうか、お楽しみ頂けますように。