突発性競作企画:再・機械仕掛け 参加作品
目の前では、未だりーこさんが泣きじゃくっている。
午後6時08分に帰宅して以来、この調子だから、かれこれもう4時間31分になる。いつものりーこさんならひとっ風呂浴びて、缶ビールの栓を抜いている頃だ。"風呂上り+ビール=上機嫌・鼻歌"。僕は計算が得意だ。"31859+50552=82411"。一瞬ではじき出せる。間違えたことはない。高校生としての僕の物理と数学の成績はずば抜けている。
相当の水分と体力を消費しているだろう今日のりーこさんは、時間になっても一向に立ち上がる気配はない。"りーこさん+予定外=僕の不安"。なぜ計算の過程で主語が変わっても成立すると思えるのか、僕には未だにわからない。わからないまま、僕は確信する。手元のノートにできたての2つの演算式を書き付け、続いて、推論する。
空腹を感じていても、立ち上がれないほど衰弱しているのだろうか。
その旨を告げたところ、りーこさんは深い深い溜め息をついた。
「ストッカーの一番上にあるタオルを水でしっかり濡らして、少し水気が残る程度に絞って、持ってきて。一枚」
指示を与えるりーこさんはいつもの通り的確この上ないもので、僕は立ち上がりながら、肩や背の筋肉が弛緩してゆくのを感じる。"変化+筋弛緩=緊張状態の緩和"。僕は安心しているのだ。
タオルを受け取って顔を覆うと、りーこさんは幾分か落ち着いたようだった。
「ありがと……。ハヤト、お腹空いてない?」
今は空いていない。"午後7時+空腹+りーこさんの異変=自分で用意して、食べる"。このくらいの応用はできる。カップ麺。後かたづけもちゃんとした。お風呂にも入った。
「そう……気が付かなかった」
りーこさんは再び溜め息をつきながら、洗面台へと向かう。足取りはのろい。20センチほど開いた脱衣所のドアの隙間から、「あー、ひどい顔してるわ、わたしー」という声と、水をバシャバシャときる音が聞こえてきた。
"戻ってきたりーこさん+顔が濡れている"。イコール、洗ったんだ。赤く盛り上がったまぶたと、下げられた口角。落とされた肩と、涙。これは僕が小学二年生の時、部屋で泣いていた中学二年生のりーこさんの記憶と重なる。確信はないが、あのあと僕の父とりーこさんのお母さんが離婚したことの間に演算が成り立つと僕は推論している。
りーこさんは僕の父の2番目の妻の実子なので、僕と血のつながりはない。けれど僕の父が2度目の離婚をしてりーこさんの実母及びりーこさんと書類上の血縁関係を絶った後でも、りーこさんはOLをしながらたびたび僕を訪ね、こまごまとした面倒を見てくれた。そして僕を渋々引き取ることとなった実父は、もうこのアパートには帰ってこない。もっときれいで広い家に、新しい妻と子どもがいるのだという。これを知った2年前から、りーこさんはこのアパートで暮らしてくれるようになった。"激怒"のオプションつきで。
だから高校生になるとき僕が適切な進学先を見つけられたのも、少し遠い特別支援学校に毎日通い続けられるのも、就職活動に意欲的になれるのも、それから「予想される問題の多い状況下、クラスメイトのように無気力にならず、社会参加と自立に向かってがんばれる」という感覚と「意欲的」という言葉をマッチングさせられるのも、全てりーこさんのおかげだ。
りーこさんに教わった演算は多い。"ため息+緩慢な動作=疲れている=そっとしておいてほしいor好きなものを持ってきてほしい"。僕は確信が持てる演算が手に入ると、うれしい。。僕が自力で発見した演算の中で最もお気に入りなのは、"あかちゃん+小さい声で歌う=あかちゃん笑う"。リーこさんから"先生+僕を叱る=行動を正したい≠僕が嫌いである"の仕組みを教わったときは、世界が一変した。それまでは常に息がしにくくて、いつも相手の顔を伺いながら失敗ばかりしていたのに、なんと視覚にさえ変化が起こったのだ。何もかもに明度の変化が生じ、話しかけてくる相手の顔を見るのも怖くなくなった、僕はそうやって世界の仕組みを発見するたびに、その演算式をノートに書きつける。僕が8歳と3ヶ月の時から続けているので、かれこれ9年と6ヶ月になる。このまま演算を重ねてゆけば、いつかは時空を思いのままにねじ曲げる法則さえも見つけられると僕は信じている。まっすぐ、信じている。
僕は、人を遠ざける性質をもつ。符号で言えば、マイナスだ。実父を失い、りーこさんのお母さんから優しさを失わせ、りーこさんから一時的に笑顔を失わせ、話しかけた相手の余裕を失わせる。それはこの、僕の機械仕掛けの頭に理由があるらしい。
僕にはわからない。りーこさん曰く、この世界は大きな1つの機械で、そこに生きる人間や動物や草花、それから岩や空は、その機械を動かす歯車だという。僕もりーこさんも歯車のひとつで、上手に噛み合って、"その一日"という現象が生まれ、ちゃんとそれなりに過ぎ、"次の一日"へとつながってゆくという。人の集団も、一人の人でも、同じ。状況があり、理由があり、要因が要因と噛み合って、発言や行動を作ってゆくという。そういった機械のおおまかな法則をつかさどるのが、心。歯車の潤滑油にもあたれば、動力にもあたる、不思議な概念。みんな一人ひとり違うのに、およそ同じ法則が適用されうるのは、心があるからなのだ。人は自分の心を使って他人の気持ちを推論し、言葉に出されずとも相手の意図を察し、それを反映した行動をして返せるという。
そして僕には心が足りない。そういう、他人の気持ちを察するということがどうしても理解できない。木が執筆をしないように、犬が服を着たがらないように、人間が水の中で暮らしたがらないように。僕にも、僕なりの心はある。けれどりーこさんや担任の先生とは決定的に違うということも、確信している。たとえみんなが微笑ましく見守ってくれるような勘違いを起こしても、僕だけは微笑ましく感じない。ただ、歯車の食い違いを、修正の必要性を感じて苛立つだけだ。僕は心の、もっとも心らしい部分がマイナスなのだ。
それは、機械仕掛けの生き物。人ですらなく、動物ですらない。そう告げると必ずりーこさんはひどく眉をしかめ("僕の僕自身についての理解の言明+りーこさん=りーこさんのしかめ面")、こみかめを押さえてうーんとうなる。りーこさんをそうさせるのは、心。目の前の現象は、心。僕には遠い。
僕には人間の心の仕組みはわからない。適切な付き合いかたがわからない。だから、書く。過程はわからないままに、要素同士の演算の、結果を。"ハゲている+相手に言う=立腹"。"紙+「テスト」という掛け声=テストをする・がんばる"。仕組みのわからないこの世界を生きるのは、正直怖い。ものすごい恐怖だ。けど、"新しい演算の発見+りーこさんに報告=りーこさんの、笑顔"。時には間違えることもあるけれど、そこはりーこさんがきちんと正しい式を教えてくれるから。一度目を通せば、たいていの式は暗記できる。びっしりと世界の法則が書き付けられたA5のノートはもう、40冊を超えた。
出会う人のなかには、僕の名前が書かれた緑の手帳と、僕の顔を見比べて「かわいそう」という人もいる。「こんなにいい名前なのに」「こんなに男前なのに」と。緑の手帳+ハヤトの顔+よく知らない人=かわいそう"。僕にはこの式の仕組みが、どうしても確信できない。僕の独特の話し方や、変わらない表情に「怖い」という人もいる。これは少し、わかる。僕は普通じゃないし、直らない。なら、頭のいい普通の人たちに、これはわかってもらえるんだろうか。突然怒り出すおじさんや、飛びついてくる犬や、大きな声を出してバスの中で話す女の子たちが、どれだけ僕にとって普通じゃなくて、怖いかも。人間は怖い。生き物も怖い。曖昧なものは、こわい。早く早く早く早くそれについての、法則を。僕は新しい場面や変化に出会うと、こわい。物も信用ならない。ただ、りーこさんだけがこわくない。
いつの間にか僕は「凝視」という行動を取っていたらしい。りーこさんがこちらを向いて、力無く笑ってみせる。"近くにいる相手+目が合う=微笑む"。だから、僕も微笑んでみせる。仕組みはわからないままに。
「ハヤトは、やさしいね」
その言葉の意味は、僕にはわからない。でも大丈夫。そう、大丈夫。"大丈夫"もりーこさんが教えてくれた言葉。この、心地よい感覚。大丈夫。りーこさんも大丈夫になったのか、そっと、目を閉じる。あの顔は何かを思い巡らせようとしているときの顔。
"休日に、はしゃいで出かけるりーこさん+帰ってきて泣きはらすりーこさん"。
……失恋したんですか。
僕の言葉に、りーこさんは潤んだ瞳でうなずいてみせる。それから、首を振る。
「ハヤト、63ページよ」
僕が僕なりの演算結果を口にするよりももう、りーこさんは鋭い口調で否定する。
2番目のノートの63ページ目。それは、記憶力のいい僕がいつも忘れてしまいそうになる演算だ。
"りーこさんのため息・りーこさんの涙 ≠ ハヤト"。
りーこさんに友達が少ないのも、インターネットで知り合った相手と繰り返しレンアイしたがるのも、すぐに失恋するのも、そしてたくさくたくさん涙を流すのも、僕が特殊であることには関係ないという。
正しい。でも、嘘だ。僕は見えない歯車のきしみを感じる。それはあまりにもかすかで、機械仕掛けの頭では捉えられない。僕では駄目なのだ。
「もう寝ようか、ハヤト」
化粧を落とし、りーこさんが布団を敷き始める。
「ハヤト?」
首をかしげたまま動かない僕を、りーこさんは真剣な表情で覗き込む。だから僕は、はじかれたように自分の物入れに駆け、戻ってくる。手の上に握られた演算結果を見て、りーこさんの表情がはっきりと変わった。
「ハヤト……」
僕は慎重にねじを巻く。指を離すと、流れ出すのはささやかなメロディー。一息ついては、また歌う。
ピアノをかたどった、金色のオルゴール。歯車が噛み合っているだけとは思えない美しい調べを出す機械。家族がまだ4人だった頃、父がまだ僕を「高機能自閉症」とののしらなかった頃、りーこさんのお母さんがまだ僕に努力をしていてくれた頃。みんなで出かけた行楽地のお土産に、買ってもらったもの。
目を閉じたりーこさんの顔が近づいてきた。僕の肩に頭を乗せて、ゆっくりと、息を吐く。これだ。今度こそ、大丈夫の息だ。少しだけ泣いているけれど。僕は確信し、りーこさんのぬくもりとりーこさんの頭の重さとりーこさんの息づかいを感じ取る。勢いを失った機械が完全に止まる前に、手を伸ばし、もう一度ねじを捲く。
繰り返し繰り返し、金色のメロディーは二人きりのアパートに流れた。
本当はとても簡単なことなのかもしれない。
でも僕には、何もかもが複雑に見える。
りーこさんが寝付いた頃、僕はひとり布団を抜け出し、狭いベランダへ向かう。
空には月、手には缶ビール。りーこさんが今年のお正月に味見させてくれたのをきっかけに、覚えてしまった。いけないことだと思うが、りーこさんも黙認している。
雲に隠されては去られてゆく丸い光を、僕は眺める。強く強く、そこに穴を開けるつもりで、にらみつける。
いつからりーこさんは、心の底から笑っていないんだろう。オルゴールを買ってもらったときも、本当は笑っていなかったんだろうか。だったらりーこさんは、いつになったら"笑顔"に"安心"をプラスできるようになるんだろう。僕は目を閉じ、機械仕掛けの思い出に聞き入るりーこさんの顔を思い出す。忘れないように、この先もずっと絶対に忘れないように、全身に力をこめる。そして体の中いっぱいに、思い浮かべる。
それは、赤いノート。機械仕掛けの僕の、特別な部分に生まれたノート。そこにはりーこさんの事がたくさん書いてあって、"りーこさん+( )=笑顔"につながる演算がびっしりと並んでいるのだ。カッコの中には、缶ビールや、イケメンとの出会いや、オルゴール。卵の特売に間に合うこと、阪神が勝つこと、新しいインスタントコーヒーの瓶を開ける瞬間。土曜の夕方、ハヤトと買い物に行って鈴カステラ売りのおじさんに声を掛けられること。ハヤトが学校できちんと課題をこなしたと、担任の先生から報告を受けること。僕はそのノートに僕の名前が加わるたびに、とても誇らしく思う。
僕には心が足りない。僕の頭は機械仕掛けだ。僕には人の気持ちや行動の意味や、僕自身の事すらもわからない。僕は僕の想う、人にはなれない。そのまま一生を生き、そして死ぬ。それでも、いい。僕は注意深く演算する。鉛筆を握りしめガリガリとノートを埋め、何度も何度も、計算する。あらゆるものごとの組成を見抜くことに挑戦し、そしていつかは見つけてみせる。僕にはほかの人のような、複雑な歯車の噛み合いは見えない。だから躊躇もない。まっすぐに、まっすぐに、それへと向かって行動する。
あるはずなのだ。
りーこさんが心から笑えるような男性と出会い、その男性もりーこさんの隣で笑い、父が僕のことを認め、そして遠い昔に僕を捨てた母すらも戻ってきてくれるような、法則が。僕によって遠ざかってしまった幸せを取り戻す至高の演算式が、この世のどこかに必ずあるはずなのだ。
それさえ見つければ、みんな大丈夫になる。みんな、大丈夫になる。僕は確信し、そしてあの夜空いっぱいにそれを書き付ける日を想像する。見つけてみせる。
きっと、見つけてみせる。
『もういちどそれになる』・終
読んで下さり、ありがとうございます。誤字脱字指摘・感想などございましたらゼヒメールフォームへ。
いつかは参加したいと思っていた「突発性競作企画」ですが、奇跡的に書き上がったので大胆にも参加してみました。気分が高揚し、めずらしくテンプレートサイトさんからデザインをお借りしています。
同じ診断名のもとでも、いろんな境遇や過ごし方の人がいる……ここに取り上げたのはあくまでも一例です。
テーマがテーマなので、書きながらも迷いました。できるだけ経験と学術的見解に基づいて構成したつもりですが、もしもご家族やご本人様など、ご気分を害された方がおられましたら申し訳ありません。どうか、ご一報下さいませ。
診断のあるなしに関わらず、普段出会う人たちも、そして自分も、それぞれ自分なりの世界の切り取り方や、対処の仕方をされているなあ……と改めて感じます。たとえ他人からは滑稽と評されても守りたい信念、守らざるを得ない価値観に触れるのが、好き。